中山さんが入ってくれてギター2台エレベ1台のバッキングに女声が
入った3声の編成になり幅が出て、かつ「華」が加わりました。
彼女のボーカルは本当に自然で伸びやかであり、アマチュアの域を
超えているように思いました。

いろんなミニライヴに出ることも多くなりましたが、1978年2月には
レイニーの単独コンサートに挑みました。野田君はそのときフラワー
28として賛助出演してくれています。場所は国際楽器社のサロン。
4人は色違いのお揃いのトレーナー、胸にはレイニーブルーの刺繍を
入れました。題して「’78レイニーブルー街かど音楽会」。

コンサートを控えたある日、国際の笠本さんからフェアウェルソングを
作ったらどうかとの助言、小島君も私に作ったらと言う。喫茶店で
30分程沈思黙考、この時出来た曲が「星の子守唄」です。赤い鳥
の新居潤子さんと、わがレイニーのもとこちゃんのイメージで出来た
曲です。こんなに直ぐに出来たのは後にも先にもこの時だけです。

レパートリーもトロピカルギャングより飛躍的に増えましたが、メインの
曲は依然、旧レイニーの「彼」、「あいるらんど」、「おんぼろ車の君と
僕」等々でした。パワーアップの余勢をかっていろんなコンテストにも
出ました。1978年8月にはソニータワーフォークフェスティバルで
審査員特別賞、翌年にはモーリス・フォークコンテストで優秀賞を
頂戴しました。ソニータワーの折にはばんばひろふみ氏から「アマチュア
の鑑」とのお褒めをいただいています。鑑かどうかは別として、確かに
その頃も今もレイニーの活動状況、演奏技術はアマチュアそのもの
ではあります。

♪ To be continued.   2003.1.22記


街かど音楽会の様子です

竹村の横顔初公開!

この頃レイニーブルーは4人編成で
上の画像は「あいるらんど」のとき

中山は「するめ」でドラムをたたいた

下のポスターは竹村作

街かど音楽会

1978
雨粒のひとりごと